利己的遺伝子」を含む古い遺伝学がいまだに影響を与えている。しかし遺伝子が生命を決定づけるのではない。生命は、すべてが他のすべてに影響を与えあいダンスするオープンシステムなのだ。因果関係についての見方を一変する、新しい生物学への招待。
生命の音楽
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この本新曜社から出版されています。倉智嘉久教授が、翻訳者です。
***** 生理学者の視点から俯瞰するシステム生物学,
2009/8/10 A survey of systems biology from the standpoint of a physiologist
by | Y. Naito (神奈川県鎌倉市) – レビューをすべて見る |
著者は心臓生理学の世界的権威。生理学という生命機能をターゲットにした学問領域から、統合生物学であるシステム生物学を位置づけています。今後の統合生 物学がめざすべき方向性に関して、類書には見られない示唆があふれています。分子レベルへの生命科学に対してしばしば為される「要素還元主義の限界」という批判についても、要素還元主義にどういった限界がなぜ存在するのかを、著者自身の言葉で慎重に説明を試みており、これを受け容れるかどうかは読み手の判 断ですが、一読に値します。書名の通り、全編を通じて、生命現象ならびにその解明へのアプローチを音楽の諸要素へと例えており、表層的でない巧みで深い比喩になっています(その一方で強力な比喩の持つ危険性についても言及しています)。訳出も優れており、読みやすく、内容も正確です。生理学の領域で半世紀にわたってトップを走りつづける研究者の視座は、異なるディシプリンで生命現象に取り組む人たちにこそ価値があるように感じました。
English translation: The author is a world authority in cardiac physiology. An integrative form of biology, Systems Biology, is examined from the view point of Physiology, a research area targeting the functions of life. This book contains many suggestions on the direction in which integrative biology should go, which can not be found in other similar books. Regarding the criticism of the limits of reductionism, which is frequently used in molecular level science, the author carefully explains in his own words what kind of limits exist in reductionism and why they exist. Although it is for the reader to judge whether he accepts these, they are well worth reading. In the title, and through the whole book, for example, the use of metaphors with elements of music in the approach to elucidate the phenomena of life is not simply superficial, they are deep metaphors (while the book mentions the dangers of powerful metaphors). The translation is excellent, easy to read, and the content is accurate. This is the viewpoint of leading researchers that continue actively after half a century in the areas of physiology. I feel that the book is of great value to those who are working on life phenomena in different disciplines.
By | 元ゲノム研究者 – レビューをすべて見る |
レビュー対象商品: 生命の音楽―ゲノムを超えて システムズバイオロジーへの招待 (単行本)
訳者は著名な電気生理学者ですが、この本の翻訳は生物学の知識のみで行うのは困難であり、それに加えて文学および哲学的な素養かあって初めて可能であると思われました。このことはまことに快挙である、とまずは申し上げたい。さて、本書の著者デニス・ノーブルさんは、近年のバイオロジーに流れている“遺伝子還元主義”に対する反証として、“ゲノムは生命の設計図ではないだろう”というある意味では挑発的な提言を、冒頭から様々な比喩を用いて行っていきます。上記の考え方は非常に刺激的で、かつてフィリップ・K・ディックがSF小説“ヴァリス(Vast Active Living Intelligence System)で展開していた、ゲノム(DNA2重螺旋)は生命情報のメモリーコイルであり、宇宙(あるいは神)からのシグナルによりメモリー(おそらく、タンパク質やRNAのコード)が開放される、という考え方に酷似していると思われました。フィリップ・K・ディックには明らかにゲノム=生命の設計図という概念はなく、まさに本書で展開されている、ゲノム=不完全な生命のCDという程度のものだということを想定していたともいえます。ただ、ディックは残念ながら、ゲノムの上位に”何か“があるという線形の概念を崩してはいません。これに対して、ノーブルさんは、生物の機能は、ボトムアップでもトップダウンでもなく、ミドルアウトである、すなわちマスターなるものが遺伝子から個体に至るどこかの段階にいるわけではなく、すべての生命現象はそれらの間の相互作用の結果として表現される、という非線形の概念を提唱しています。ポスト・ゲノムシークエンス以後の様々な展開(例えば本書でも言及されている、遺伝子発現のエピジェネティック制御の発見)を考えると、ノーブルさんの提言は今後のバイオロジーを考える上で非常に興味深いものと思われました。
以上のように、本書にはこれからのバイオロジーを考える上で魅力的な話題が満載ですが、1つだけ意見させてもらうと、ゲノム研究者はバイオロジーへの焦点の当て方がゲノム中心だったのは事実かと思いますが、それは決して“遺伝子還元主義”ということだけではなく、ゲノムは新たなバイオロジーを考える出発材料であるという考え方の人も結構いたのではないかということです。実際には、ゲノムが読まれても生命現象がクリアーになるというよりは、むしろわからないことが増えましたが、このことはゲノムシークエンスが完成する以前からよく議論されていたように思います。
最後になりますが、一読した感じでは、ノーブルさんが展開しているシステムバイオロジーの議論はかなりプロ向きのものと推察され、この議論についていくためにはある程度の気合が必要かと思いました。しかしながら、訳者による後書きは非常に本書のエッセンスをうまくまとめており、本書の指南役を充分に果たしていると思われました。ですので、議論されていることに疲れてきた場合には、まずこの“後書き”から読まれるのがお勧めです。